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乾式研磨法

乾式研磨法で見えてきた変質岩の素顔

【はじめに】岩石や鉱石の偏光顕微鏡やSEM/EDSによる組織の観察は、構成鉱物の晶出順序や変質過程を考察する上で重要な手がかりを与えてくれる。しかし、粘土鉱物を多く含む変質岩の場合、薄片や研磨片を作製する過程で、研磨に使用する液体の影響で構成鉱物が脱落し、岩石が持つ本来の組織を観察することが困難な場合も多い。研磨が難しい試料の例として天草陶石を選び、乾式研磨法と従来法(湿式研磨法)で薄片と研磨片を作製し、両者の比較を行った。乾式研磨法を用いることにより、従来法では見えなかった組織が明らかとなって、陶石の変質過程を考える上での新しい知見につながった。

 

【天草陶石】天草陶石は熊本県天草下島の西海岸に産出する陶磁器用原料で、これまでに200 万トン以上が採掘された。鉱床は幅5~10m、延長4~5km のほぼ直立した岩脈状で、わが国最大の陶石鉱床である(図1)。陶石を構成する鉱物は、石英・セリサイト・カオリナイト・Na長石・菱鉄鉱・方解石などである。

図1:天草陶石皿山脈(上田陶石/伝兵衛木場採石場)白色部分が陶石脈(脈幅10m)、両側の黒い岩石は白亜紀の泥岩層。

【薄片観察】 試料には白磁の標準的な原料である「2等石」を選んだ。乾式研磨法で作製した薄片の偏光顕微鏡写真と、従来法(油磨り)で作製した薄片の比較写真を、図2と3に示す。天草陶石は一般的な特徴として孔隙が多い岩石で、薄片に空孔が多く見られることは普通であり、空孔は岩石組織として存在する本質的な穴であると認識していた。しかし、乾式研磨法では従来の薄片と比べて明らかに空孔が少なく、斑晶の残存組織や空孔内に晶出した鉱物も脱落せずに残っていた。このことから、従来法の薄片で観察された空孔のかなりの部分は脱落孔であり、薄片作製段階で脆弱な部分が破壊されていたと考えられる。
図2:天草陶石(2等石)の空孔部分の写真    

直交ニコル(下段)で白く明るい粒子は石英、黄色~赤紫色の粒子はセリサイト。

図3:図2の赤枠部分の拡大写真

乾式研磨法では空孔部に大きさが10~20μmの、レターデーションが低い鉱物粒子(カオリナイト)が確認できる。従来法の薄片では空孔の壁に沿って少量のカオリナイトが認められるのみである。

【研磨片観察1】 試料は上記の薄片と同じ「2等石」である。乾式研磨法で作製した研磨片のSEM写真(反射電子像)を図4に示す。空孔の内部に生成した10μm程度の個々のカオリナイト粒子が明瞭に観察できる。このような写真はこれまでに報告された例がなく、粘土鉱物の生成過程を推定する重要なデータである。
図4:乾式研磨法で作製した研磨片のSEM写真(反射電子像)

中央部分がカオリナイトの集合部。10μm程度のカオリナイトの板状粒子が確認できる。明るく白い粒子はセリサイト、灰色の粒子は石英。

【研磨片観察2】 試料には今後の活用が期待されている「低火度陶石」を選んだ。低火度陶石はX線回折の測定でNa長石が検出されるが、従来の薄片や研磨片の観察ではNa長石の確認が困難であった。乾式研磨法で作製した研磨片のSEM/EDS観察結果を図5に、従来法(湿式研磨)の写真を図6に示す。

湿式研磨(図6)では粘土鉱物と共にNa長石も脱落して、研磨面には固い石英だけが残存している。それに対して乾式研磨(図5)では粒子の脱落がないため、Na長石が50μm 以下の不定形の微粒子の集合組織を形成して分布していることが明瞭に確認できる。

図5:乾式研磨法で作製した「低火度陶石」研磨片のSEM/EDS観察結果

左上:偏光顕微鏡写真(反射光)、右上:SEM写真(二次電子像)、左下:特性X線像(Naの分布を表示)、右下:特性X線像(Siの分布を表示)

Naが検出された部分にNa長石が分布する。中央部の四角い鉱物は方解石で、原岩の斑晶鉱物の残存構造である。
図6:従来法(湿式研磨)で作製した「低火度陶石」研磨片のSEM/EDS観察結果

上:SEM写真(反射電子像)、中:特性X線像(Kの分布を表示)、下:特性X線像(Naの分布を表示)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研磨工程で多くの鉱物粒子が脱落して、固い石英だけが残存した研磨面になっている。セリサイトの存在を示すKの分布は確認できるが、Na長石の存在を示すNaの検出結果では、明瞭な分布パターンが示されていない。

本文・写真:武内浩一(M&Cラボ 長崎)